退職金制度は、企業にとって大きな問題と言えます。
現在、退職金制度を導入していない企業でも、今後、何処か時点で退職金制度の導入を検討しなければならない時が来る可能性は、高いと言えます。
いずれにしても、退職金制度について正しく理解することは、経営的にも非常に重要と言えます。
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退職金制度は、企業にとっても従業員にとっても重要な問題です
現在7割以上の企業が何らかの退職金制度を有しています。(厚生労働省『就労条件総合調査』によると2013年では退職金制度を有する企業数の割合は75.5%となっております)
退職金は労働者にとって老後の生活設計の大きな柱の一つと考えられています。
つまり退職金制度の有無及びその額は、従業員にとって非常に大きな問題と言えるでしょう。
また、反対に企業にとっても退職金制度は重要な問題といえます。
しっかりとした退職金制度を確立することにより従業員の会社への忠誠心が増し、さらに新たな従業員の確保にもつながります。
今後、会社が発展する上での大きな要素となってきます。
創業時などには事業主は退職金制度までの余裕がなく、また従業員の方も、会社を大きくするのに必死なため退職金制度の有無に関心が薄いと言えます。
しかし、会社がある程度軌道に乗り、規模も大きくなってくると従業員にとって退職金制度の有無は大きな問題となってきます。
長期にわたり会社のために働き(もちろん従業員自身のためでもあるのですが)、その後、退職するときに会社から何の支給もないとしたら、従業員の会社に対する忠誠の度合いは、確実に低下するでしょう。
大切な従業員を他の企業に取られてしまう結果になりかねません。
また、新たに雇用する従業員にとっても退職金制度の有無は、会社選択の大きな要素となります。
もし、他の条件が同じならば当然退職金制度がしっかり確立されている企業を労働者は選択するでしょう。
このように企業にとって退職金制度に導入は避けては通れないものになってきたため、冒頭の数字となって表れているのでしょう。
ところで、日本の法律では企業に退職金の支払いを強制していません。
退職金の積立額に不足が生じる場合があります
退職金制度がなければ、基本的に企業は退職する従業員に退職金を支払う必要はありません。(慣行として退職金が、支払われている場合は、制度がなくても支払いの義務が生じる場合があります)
つまり、本来支払いの必要のない、しかも多額の費用が必要になる制度をつくるということは、
会社にとってある意味大きなリスクを抱えているのと同じこととなります。
例えば今後毎年1人づつ定年退職し、数百万円から一千万円近くの退職金を支払わなければならないとすれば、制度を導入したためにそれだけの費用が、余計に必要になるわけです。
業績が厳しい時には、経営を揺るがす問題にさえ発展する可能性があります。
当然、退職金に対して何らかの準備をする必要があります。
しかし、本来は退職金規程による将来支払うべき退職金の額を基に、その上でどのようは方法が良いか検討すべきものなのに、現実には、先に退職金規程だけ作られ、その準備にあたっては、「先に金融商品ありき」で、しかもそのときの経営状況により積立金の額が決められてしまうケースが、多いと言えます。
そのため、将来支払うべき退職金の額と積立てられる額との間に隔たりが生じてしまう場合があります。
もっとも、額に隔たりがあるのが即、問題となるわけではありません。
問題となるのは将来支給すべき退職金の額と積立金との額に差があることが、将来会社にとって大きなリスクになることを認識していない場合です。
退職金規程が作られた当時の経済情勢と現在とでは変っている場合もあります。
退職金規程がつくられた時点で高金利の場合には、支払額も高水準となっている可能性が高いです。
しかし、その後、事業主が交代していたり、作成等に携わった従業員も異動等で既にいない場合、当時の退職金規程だけが残っている場合があります。
つまり、退職金規程もあり、とりあえず積立もしている。
それで安心してしまっているのが最も危険といえるでしょう。
いざ支払いの時になったら全然足りない。
その時ではもう遅すぎます。
では、実際に退職金の準備不足の具体例でそのリスクの大きさについてみていき、さらにその不足をいかに埋めるべきかについて考えて行きたいと思います。
また、これから新たに退職金制度を導入される企業においては、退職金制度を導入するにあたって、いかにトータル的に検討する必要があるかお分かりになるかと思います。
退職金制度は、規程と積立とトータル的に検討する必要があります
では、具体的な例で退職金準備不足についてみてみたいと思います
S社を例にしてみたいと思います。
S社は、社長が役20年前に独立して順調に業績を伸ばしてきて、現在、従業員数12名(女子2名)の会社です。
さらに今後業務拡張を考えています。
会社がある程度の規模になってきたので、平成12年頃に従業員の福利厚生の充実等をはかるため、退職金規程を作成し、その原資として中小企業退職共済制度に加入し月々の掛金を8,000円積立てています。
現在のS社の男性従業員の年齢構成は
26歳・・・1名 28歳・・・2名 29歳・・・1名
30歳・・・1名 32歳・・・1名 33歳・・・1名
34歳・・・1名 35歳・・・1名 45歳・・・1名
となっています。
なお、S社では過去女性社員はすべて結婚退職しているので、ここでは、男性社員だけを対象にしました。
S社の退職金規程によると60歳で退職した場合の退職金の算定方法は、「退職時の給料×勤務年数率×功績利率」となっております。
S社の退職金規程はごく一般的なもので、退職時の給料勤務年数とにより大部分が決定されます。
実際に具体的な数字を当てはめて考えてみますと、退職時の給料が40万円で、定年まで35年勤務し退職する従業員に支払う定年退職金の額は、(功績倍率は特別功績があった場合に加算されますのでここでは無しとします)S社の退職金規程による30年以上の勤務年数率は一律28となっていますので、よって支給する退職金の額は
40万円×28=1,200万円
となります。
S社では、45歳の従業員以外男性社員全員が定年までに35年勤務する可能性がありますので、S社では現在の従業員が定年まで在籍すれば、35歳の従業員が60歳になる25年後からほぼ毎年1,200万円の退職金を支払う可能性があります。
では、現在積立てている中退共でどれぐらいカバーできるのかみてみると、S社が中退共に加入した当時の利率は3%でした。
利率3%で月々8,000円を35年間積立てると、受け取ることができる額は、約600万円です。
約600万円もの不足が生じることになります。
もちろん中退共といった制度を利用して退職金の100%を積立てる必要はありません。
支払い時に一時的な借入等により資金を調達すれば問題はありません。
しかし、業績が好調なときなら良いでしょうが、必ずしも退職金支払い時に業績が好調とは限りません。
またS社の場合でみれば、ほぼ毎年600万円近くの資金を調達するのは、現実容易なことではありません。
さらに、中退共の利率は現在1%に低下しております。
中退共は保険のように加入時の利率が最後まで適用されるのではなく、掛金を支払うごとにその時点の利率が適用されます。
つまり、S社が今後積立てる分には3%ではなく1%の利率が適用されます。と言うことは、このまま利率が1%で推移すれば、将来の退職金不足額はさらに拡大することになります。
もし、S社が今後この不足金に対し何の対策も立てなければ、将来、経営を揺るがす問題になることは間違いないでしょう。
では、なぜこのようなことになったのでしょうか?
これは、退職金規程と退職金の原資の確保の問題を同時にトータル的に考えなかった結果といえます。
退職金規程は規程だけで作り、しかも、事業主が退職金規程作成に深く関与することをせず、その内容を理解していなく、原資の準備は、その当時の経営内容により積立額を決定してしまったためと思われます。
せっかく退職金制度を確立してもこれでは、会社は大きなリスク、しかも、相当深刻なリスクを抱えてしまっただけになってしまったと同じこととなってしまうのです。
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死亡退職金の必要性もあります
ところで、S社においてもう1つ退職金に関して問題があります。
退職金というと定年退職金だけが問題と思われがちですが、実は、退職金にはもう1つ死亡退職金の存在があります。
死亡退職金は従業員に万一のことがあった場合に、支払う退職金です。
S社の場合で、仮に15年勤務している従業員に万一のことがあった場合、支払う退職金の額は、死亡時の給料を28万円と仮定して計算すると、15年勤務の勤務年数率は15となっているので28万円×15=420万円となります。
では、中退共で積立てられる額は、年利率3%の場合で約185万円となります。
つまり約235万円の不足となります。
定年退職金の場合と比べると不足額は3分の1程ですが、死亡退職金の1番問題となるのは、死亡を予測することは不可能なので、退職金の支払いが突然やってくることです。
万一、資金繰りが非常に厳しい時と重なってしまったら、非常に大きな問題となります。
退職金規程上、当然会社には遺族に支払い義務があります。
まして遺族のことを考えると、特に小さな子供がいる場合など会社の経営が苦しいから退職金を支払わないとは言えないものです。
このように退職金は、定年退職金死亡退職金の両方に対して十分な対策を取る必要があります。
ところで、この事例はあくまでS社の場合ですが、S社だけに限ったことなのでしょうか?
退職金のリスクは、会社規模に限らず存在します
S社の退職金規程はごく標準的なもので、支給額の計算方法も一般的に使われている方法です。
確かにS社より会社の規模が大きくなれば、仮に退職金支払い時に不足金が生じても資金調達は容易になるかもしれません。
しかし、規模が大きくなれば当然従業員数が増加する訳ですから、同時期に退職する従業員の数が増える可能性が高くなります。
例えばS社より規模が大きく従業員数が30名の会社があったと仮定します。
同じように中退共に加入していて掛金は、12,000円毎月積立しているとします。
上記のS社の場合と同じ退職金規程で35年勤務して定年退職する場合をみてみると、1人に支払う退職金の額は、当然同じで約1,200万円で、中退共で積立てられる額は年利率3%で約890万円となります。
不足額は310万円となります。
しかし、従業員数が3倍なので単純に計算してS社の場合より退職する人数が、3倍になるので不足額は、1,000万円近くになります。
これではS社より資金調達力があっても準備金不足のリスクはS社とほとんど変わらないでしょう。
つまり会社規模にかかわらず退職金の積立不足は、会社に大きなリスクをもたらす可能性が非常に高いのです。
現状認識することが最優先です
しかし、積立金不足が生じることが、即問題になるわけではありません。
問題なのは退職金支払い時に不足金が生じるであろうことに対して認識していない、または、不足金が発生することは漠然とはわかっていても、その額がいくら位になるのかはっきりと把握しておらず、それに対する対策を立てていない場合です。
特に退職金規程を制定してからある程度年数が経っている場合は、当時より利率の低下が著しい場合があるので、支給額と積立額との差が非常に大きくなる可能性が高いと言えるので至急の対策が必要といえます。
では対策としては、当然、積立金の額を増やすか、反対に支払う退職金の額を減らす、もしくは退職金制度そのものを廃止してしまう等が考えられます。
ただ、退職金の支給額を減らすまたは制度を廃止することは、従業員にとって著しい不利益な変更となるため簡単にできません。
従業員全員の同意を得るか、しかるべき方法により選出された従業員を代表する者との合意を得る必要があるでしょう。
しかし、退職金は従業員にとって老後の生活設計の柱になるため合意を得るのは難しいと言えます。
となると積立金の不足を補うことを基本に検討するのが良いでしょう。
単純に毎月の積立額を増やし不足金を補うのが最良でしょう。
しかし、現在の経済情勢から考えてもそれだけの余裕がある企業も多くないのが現状でしょう。
ここで重要なのは直ぐに対策を立てることができるかは別としても、現在どの位の不足金が生じているかをまず認識することが最も重要なことです。
確かに単純に積立金を増やすことができないので、昇給を抑えてその資金を積立金に回す等他の方法と組合せることも考えられるでしょうが、まず、現状を認識しないことには話が進みません。
つまり、退職金制度のリスクを考える場合に最も重要なポイントは、まずは現状認識をするということなのです。
現状認識を行わなければ、退職金制度のリスクは決して解決しないと言えます。
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